2018年5月24日木曜日

ことばのシャワー

   「うしのかりんちゃんをみたら
    あたまをかいてとぼくをみた
    あたまをやさしくかいたら
    モーっといってにっこりしたよ」

 御無沙汰をしてしまいました。。。
諸事情により、インスピレーションがかなり貧弱になっていたのですが、ちょっとばかりワクワクしてきたので、思いのままに綴ってみたいと思います。

 『たから箱』(熊日新聞掲載) 四行詩の世界観にいつも感心させられ、子供たちの感性と瞳の輝きを嬉しく思う日々です。
冒頭のポエム・・・牛さんのお世話をする小学Ⅰ年生の坊やとご家族のお人柄や日常の暮らし振り、そして天草の風景までも想像しちゃうほど、素直で優しいまなざしの詩でとても素晴らしく大好きです!
牛のかりんちゃんに「どうしたら喜んでくれるかな~。僕にできることはなにかな~。」と、坊やはいつも思っていて、だから牛のかりんちゃんも坊やが大好きで!!
「あたまをかいてとぼくをみた・・・・・・  
モーっといってにっこりしたよ」 なんて素敵な魂と魂の触れ合い!!!
やさしくかいてあげたんだね~。 良い子だね☆☆☆ 
何度も何度も読み返しながら、自分に足りないものを探す。


   「七回転んだら 八回目はもう寝とこかな」

世の中は失敗を許さない傾向にある。
誰もが頑張っているのに、結果だけを求められる。
優等生だらけの世の中であったなら、ギスギスしないだろうか?
一般の尺度からはみ出してしまう事を、初めて遣って退ける人は勇気がある。
失敗だらけの毎日でも、自分を労わって・・・また頑張ればいい。
失敗だって、結構良いものだって後々分かるものだから。
心豊かな人生になるよ☆と応援する優しいメッセージに安堵です。

  「転んだら 優しさつかんで起き上がれ」


  「幸せな時間は止めておけないのです。
  だから今 喜んでありがとうを味わうのです。」

日本中の観光名所に限らず、伝統文化や昔の暮らしが息づく地方にまで、世界中から多くの観光客が来日されています。
ある日の朝、両手に荷物を抱えた私は電車に乗りました。
車中は満員となっていて・・・ちょっと不安になった時、中国人のグループのひとりの女性が、「ここに座って!(中国語だけど、たぶん)」と言って席を空けてくださいました。
私は「有難うございます!(日本語)」とお礼を言って座りました。
心がキュ~ンとして・・・センチメンタルな気持ちに。
グループの方たちはずっと笑顔でした。 降りる停留所に着いた時、思い切って「有難うございました!(日本語) have a good day!」と伝えました。
「Oh~~!!▲×▲×▲(中国語) バア~イ!」 私も笑顔で「バア~イ!サンキュー!」
(心の声⇒「謝謝」シェイシェイ!って言えばよかった・・・。)

ほんの一瞬の触れ合いが、こんなにも幸せな気持ちになるなんて!

世界中にはびこるマイナスな感情。いろいろな環境や立場や考え方。自分とは異なるものへの理解を目指すには、人種や性別を超えたところにある平等の喜びを創ることではないかな~なんて思った2018年初夏の私でした。


  2018年5月24日(木曜日)     楢橋栄子


       引用*熊本日日新聞 & 風の丘 阿蘇大野勝彦美術館

                 「かつひこの日めくりカレンダー」より
                       

  


 
   

2018年1月24日水曜日

昭和の温もり

 祝賀ムードは、ほどなく遠ざかり、日常の生活へと戻っています。
平成という年号がその役割を満たしながら進む、今年の始まりとなりました。

時間の感覚は、人それぞれの置かれている環境やこれまでの体験、性格によって速度が変わるように思いますが、今年の一日一日は、早すぎず遅すぎず、実りある時間にできたらいいですね!

 つい最近、我が家のリビングのエアコンが突然アウトになりました。
なんか寒いなあ~と思って見上げると・・・エアコンのランプが点滅しています。
電気店の営業マンの方に見ていただくと、部品交換が必要とのこと。家電製品は消耗品なので仕方がないです。エアコンが使えなくなって、熊本地震で味わったインフラの不安を思い出しました。
またあのような状況に陥ったら・・・電気で殆どの生活を維持しているこの真冬の毎日が、ピタッとストップしてしまいます。身体も心も凍えてしまう!
でも昔、むか~しは電気製品で暖を取る環境はありませんでした。
家族はひと部屋に集まり、火鉢で手を温めながら、ささやかな出来事を笑いあって冬をしのいでいた事、ふと思い出しました。

そんな時、たまたま広げた新聞に掲載されていた『湯たんぽ』という記事が目に飛び込んできました。
「生きる~音読のすすめ」 いつもジ~ンと鼻が緩む言葉ばかり。
偶然にしては驚きの内容に、思わず切り取り保存スクラップに仲間入りです。

私の両親とほぼ同年齢のK氏の言葉は、昭和の温もりに溢れる内容でした。
小学生の私は、寒い季節になると毎晩、祖母を手伝って家族分の湯たんぽを用意していました。
上通りで果物店を営んでいた祖父母と両親、そして私と弟ふたり分です。
シャンシャンと沸いた熱湯を湯たんぽに入れる為、祖母は細心の注意を払っていたのだろうと思います。今、祖父母の年齢になったから記憶が鮮明になります。
幼い弟ふたりは、温かい祖父母のお布団に潜り込んでいつまでもお喋りしていました。
だから私も深い眠りに堕ちた翌朝の目覚めから、なかなかお布団を抜け出せない・・・今でも!(^^)!

現在も湯たんぽが売られている場面に直面されたK氏はためらわずにさっと籠に入れたとありました。遠い昔に母親の温もりを感じた記憶を、その日の夜から再び蘇らせた感動を想像すると、こちらも心が温まりました。

そして『火鉢』。
スマホで検索すると、今でも昭和の和製アンテイークとして人気があるようです。
戌年生まれ(明治31年)の祖父は、火鉢のコレクターでした。
電気こたつを嫌い火鉢にこだわっていたんだなアと、今では思いますが、当時は祖父に付きまとい、こたつをねだっていました。
でも火鉢で焼いてくれたお餅(焼きあがったお餅に醤油を付け、再び火鉢の金網に戻すと赤黒い炭火にジュッ!と垂れる醤油の香ばしい香りがする)を火箸で取り上げ、大きな海苔を巻いて食べさせてくれた祖父を懐かしく思い出します。

ちなみに祖父のお気に入りの火鉢は、重厚な木製で引出し付きの長火鉢(煙草盆)と、お洒落な取っ手の付いた銅製で、切り株を面取りして綺麗に削り込んだ台座も付いるこれも重厚な宝船や鶴の絵柄の火鉢(私が遺品として所有)です。

若い方たちは、きっと何時の時代?って思われるでしょうね(>_<)
今から60年くらい前のお話です。

 急速に人口知能の技術革新時代となりつつも、アナグロな昭和の温もりを知っている私達世代は、ほんとうに幸せ者だと実感しているこの頃です。
突然のほっこり感との出会いは最高でした!!

     2018年1月24日(水曜日)      楢橋栄子